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2014年9月 1日 (月)

震災の日、防災の日

関東大震災というと、祖母の言葉を思い出す。

「慌てて家を飛び出して後ろを振り返ったら家がなかった。」

当時祖母は神奈川県茅ヶ崎市芹沢に住んでいたはずで、震源からかなり近い場所だ。
この言葉からわかる事がある。
何かをする時間がないという事だ。
家を出るのが精一杯、しかし、家を出られたからこそ、助かったのだ。

今朝、テレビで「有識者」がまず玄関を開ける、などと言っていた。
だったら落下物に気をつけて玄関を出てしまった方がいい。
ドアが閉まらないようにサムターンをまわしておく?
冗談じゃない。
地震で1階に大きな損傷があった場合はドアは開かなくなるのはなく、動かなくなるのだ。

阪神淡路大震災を思い出してほしい。
地震では死に至らなかったが火災に呑まれた人々の事を。
家屋の倒壊は2階建て以上では1階の損傷が大きい。
玄関に行くのと2階に上がるのとどちらが速いか。
2階にいる人は下りずに手近な窓を開けておく方が良くはないか。
閉じ込められない可能性はどちらが高いか。

地震!!
まず手近な窓を開けよう。
揺れ、液状化、土砂流出。2階建ての家屋では1階は危険。
上には2階が載っかっている!!

祖母は明治31(1898)年生まれ。当時25歳。今生きていれば116歳。村岡花子の5歳下である。

横浜山下公園は関東大震災の瓦礫埋め立て地であった。
関東大震災の震源は神奈川県西部相模湾である。
断層移動や地すべりは相当あったといわれている。
残念ながらマスコミは火災被害が大きかった東京に目を向けがちだが、ぜひとも神奈川県の震生湖に赴き、大震災そのものに目を向けて欲しいものである。

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