以下は22日に一旦上げた記事ですが、その後集めたネット上の記事、及び28日未明の再放送を改めて見ましたので、大幅に加筆修正しました。
参考にした記事については出所を明記しました。
読売新聞は削除されていますが、朝日新聞と大分合同新聞のアーカイブは現時点でまだ見る事が出来ます。
彼女の写真で一番キッチリ撮られているのは、2011年7月4日朝日新聞「亡きマネジャー、心の支え」に添えられている写真です。
僕は朝日新聞を購読しているので、テレビドラマを見る際には、その評を見て決める事がある。
「あっこと僕らが生きた夏」
先週の前編放送後に評が掲載され、あ、そういえば何年か前にこんな子がいたと新聞記事で読んだ事があるなと思い当たって後編を見る事にした。
(前編の再放送が後編放送直前にある事も書いておいてくれれば前編も見れたんだが)。
見てみた。
時間軸が良く分かりにくい。何年何月という字幕を入れればいいというものではなかろう。
実在した「あっこ」の行動は、転移が見つかって余命が短いと悟った後から残された時間をいかに過ごすかという事に焦点が移っているのが窺われ、月単位では大雑把すぎるのだ。
実在した「あっこ」に関しては、新聞記事・関連ブログ記事によると、実際はこうだったようだ。
大崎耀子(あっこ)は高校2年の2007年5月にのどの不調を感じ、夏の高校野球地方大会の直前、6月に末期の上咽頭癌が見つかる。
彼女は皆に自分が癌である事を告げ、入院治療に専念する。
そのため、この夏はマネジャーとしての活動が出来なかった。
家が大分、入院先の病院が福岡と離れていた。
本人はどうか分からないが、この時点で助かる可能性はかなり低かった事は分かっていた。
治療が落ち着き、秋に一時帰宅、高校生活に戻る。
修学旅行の時期は分からないが、翌年(2008年)1月、転移が見つかり、治癒が絶望になる。
4月に3年に進級している。
夏の高校野球は地方予選一回戦敗退。
2008年7月6日の朝日新聞は彼女を写真入で紹介し、記事を彼女の言葉で締めくくっている。
「一生懸命がんばるみんなの姿が、きっとこれからも私を支えてくれる」
写真の彼女は大分痩せている。
彼女は友人と共に9月23日に「自分は見ることが出来ない」来年の春に咲くチューリップを植える事を楽しみにしていたが、それをする事ができず、9月26日に自宅で倒れ入院している。
この時のチューリップが今も高校に残る「AKKO’s GARDEN」に繋がっているようだ。
9月28日からの大分国体にも手伝いをする事を決めていたようだが、これもかなわなかった。
10月15日頃、野球部の監督、宮地弘明教諭が入院している彼女に画用紙に言葉を書かせている。
書いた言葉は「ありがとう」。
監督はこの画用紙をコピーして部員に配っている。
10月29日に永眠。
彼女が、本当に野球が好きで、残り僅かな時間でも、何かしようとしていた様子が窺える。
11月10日までに、彼女の事を伝える報道記事がどこかに載っている(出所未確認)。
11月21日の読売新聞が、彼女の葬儀の日の事に触れている。
霊柩車はグラウンドを一周し、部員は校歌を歌っていたと。
12月19日の楊志館高校の二学期終業式の様子を翌20日の大分合同新聞が記事にしている。
満点の通知表に添えられた言葉は「すばらしい命の授業、ありがとう」。
この記事では関係者として宮地弘明教諭のほか、母親と羽田恭輔部長にも取材をしている。
記事は、彼女の闘病の様子にも触れており、2007年7月29日に福岡市内の病院で撮ったとされる、県大会の優勝旗を手にした彼女の写真も掲載されている。
翌2009年3月3日の楊志館高校の卒業式の様子を翌4日の大分合同新聞が伝えている。あっこと一緒に卒業したいという声に応え、あっこの卒業証書が用意され、野球部監督の宮地弘明教諭が名前を読み上げて、母親に渡している。
7月9日、高校野球のエピソードを綴る朝日新聞は前年主将で卒業して社会人になった佐藤翔司を取材した記事を載せ、あっこがどういう女の子だったのか、かなり詳しく書いている。書き出しは、「ありがとう 白い紙に書いてあるのはその5文字だけだ。」
2011年7月4日の高校野球のエピソードを綴る朝日新聞は「亡きマネジャー、心の支え」というタイトルで「AKKO’s GARDEN」の今を写真入りで伝えている。新聞社が球場の放送室で撮ったと思われるキッチリした彼女の写真も添えられている。
ドラマの描写
病院と自宅との距離感が少なくとも後編を見る限り感じ取れない。
休みが多かった彼女は3年に進級している。
かなりの補習があって、彼女はもちろん、教諭の協力もかなりあったはずだ。
それが一枚の「補習の予定表」と、「あっこは頭がいいからやればできる」という友人の言葉で片付けてしまっている。
でも野球に情熱を傾けた彼女だから、やっぱりそこに焦点を絞った方がいいのかな。
演じた川島海荷はとても良く演技していたと思うのだが、病気で衰えが隠せない人を演じるのは無理がある。
今も新聞記事のアーカイブやブログで当時の彼女の写真を見る事が出来るのだが、彼女は敗戦した選手達と一緒に顔をくしゃくしゃにして泣いている。
立っている手足は痛々しいくらい細く、その細い左手はキャプテンのユニホームの裾をぎゅっと握っている。普通の女の子だ。
ドラマは時に必要以上にヒロインを気丈に演出する。
でも、実際のあっこは選手達と一緒に泣く普通の女の子のはずなのだ。
「かっこよかったよ」のセリフが迫真の演技を作り話に変えてしまったようで残念だ。
彼女は川島海荷の演じる様な気丈なカワイコちゃんじゃあない。
甲子園に連れてゆくと約束したのに負けてしまって謝る選手に「あやまらないで」と言おうとしたのに涙が止まらなくて言えなかった・・・。
実は、彼女、この試合の翌日に朝日新聞に写真入りで紹介されている。
病気が癌である事には触れられていない。
この記事ではちゃんと取材を受けている様だし、本人もこの記事を読んだはずだ。
「お涙頂戴」のドラマには必要ない件(くだり)なのかもしれないが、楊志館は前年の代表校だったし、何かに付けて取材を受けていた事は間違いなく、その過程で彼女の存在を知った記者も一人や二人では無かったはずで、高校野球を感動のドラマにしがちな新聞記者がその事を記事にしても何の不思議も無い。
言い換えれば、楊志館が前年大分の代表校になっていなければ、彼女の存在は一部のものにしか知られていなかった可能性が高いのだ。
それにしても、ドラマでも新聞に載った自分を見た高校生らしいリアクションを見たかった。
「あっこ、新聞に写真入りで載ってるやん!!」
ドラマでも触れられていたが、彼女はそのあとの試合の手伝いをしていて、その時のものと思われる、スタッフの札を下げ、放送卓を前に座っている写真も新聞記事のアーカイブで見る事が出来る。
特に可愛いとか、美人とかいうタイプではないと思うけれど、マスクをおろし、歯を見せて笑っている彼女の写真を見ると、きっとみんなに愛されていたんだろうなあと思うのだ。
手は細く、制服もブカブカで、彼女が病気で痩せた事が写真からも窺われる。
しかしドラマで演じられている彼女は血色が良く、ご丁寧にも夏の大会試合翌日、寝坊して慌ててソーセージを咥えている描写もある。
少なくとも後半を見る限りでは入院はするが闘病の様子はあまり描かれていない。
福岡の病院の医師に、帰宅療養は近所の医師の疼痛コントロールになると言わせているだけだ。
真の彼女を演じる事は難しいと思うが、脚本、演出がそこから逃げてしまってはいけない。
最期の病床で彼女が話せなくなったのは気管切開のせいなのだが、ドラマではそれには触れずに突然母の手に文字を書くシーンに飛ぶ。
昨日まで元気だったのに?と思った友人も多かったと思うけれど、そういう描写は一切無い。
監督が病床の彼女に画用紙に言葉を書いてもらう(というか、書かせる)シーンがある。
彼女はこの2週間後にこの世を去る。
監督はその言葉「ありがとう」をコピーして野球部員に配ったらしいのだが、この事はドラマでは触れられていない。
このコピーがいつ配られたのかは分からないが、直後と推察される。
仲間は皆、この時に悟ったに違いない。葬儀の日に監督はこれを持っていたという。
全体として、淡々として流れる展開だったけれど、その中で兄の感情を表に出すシーンは少々邪魔だった。
彼女が自分の体が変わってゆき、それが確実に死に向かっているという現実と対峙した描写は一切無いのだから、兄にも静かに見守らせて欲しかった。
「お兄ちゃん、話が重いよ。」
彼女のノートはドラマでも頻繁に出てきますが、
彼女は自分の死を「思い出になる」と表現し、「思い出になりたくない」と書いています。
また、死後、生まれ変わったとしても、今の「自分」はやっぱり消えてしまうのかな、とも書いています。
彼女の実際のノートに勝るものはないとはいえ、川島海荷はこういう彼女の生死感に関わる演技を殆どしていないのです。
きつい物言いをしてしまったようにも思いますが、このドラマ、限られた条件の中で冬に夏を主体とした状況を描くなど、かなり役者も大変だったと思いますが、よく出来ていると思います。
素直に泣いていいと思います。
もう一回再放送してくれないかな。
前編が見たい。
・・・彼女は、残した言葉通り、今もグラウンドを見下ろしているのでしょうか。
しかし淋しい事に、一緒に青春を共にした仲間は巣立って久しく、そのグラウンドにはもういないのだ・・・。
最後に断っておきますが、この記事はドラマの原作(私は読んでいない)ではなく、彼女に纏わるエピソードの報道記事・ブログ記事を元にドラマと対比させたものです。
(文中敬称略)